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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)1274号 判決 1987年5月26日

控訴人 東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役 松多昭三

右訴訟代理人弁護士 井波理朗

太田秀哉

一新住建株式会社(以下「一新住建」という。)訴訟承継人

被控訴人 破産者一新住建破産管財人 新谷充則

右常置代理人弁護士 石谷勉

被控訴人 野尻泰兌

右訴訟代理人弁護士 永田雅也

吉木信昭

被控訴人 池部紘一

主文

一  原判決中、被控訴人一新住建破産管財人新谷充則及び同池部紘一に関する部分を次のとおり変更する。

1  被控訴人一新住建破産管財人新谷充則及び同池部紘一は、控訴人に対し、各自金四八九万八一〇六円及びこれに対する昭和五九年四月二七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人の右被控訴人らに対するその余の請求を棄却する。

二  控訴人の被控訴人野尻泰兌に対する控訴及び当審における予備的請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、控訴人と被控訴人一新住建破産管財人新谷充則及び同池部紘一との間に生じたものは、第一、二審を通じてこれを八分し、その一を控訴人の、その余を右被控訴人らの負担とし、控訴人と被控訴人野尻泰兌との間に生じた控訴費用は、控訴人の負担とする。

四  この判決の第一項の1は仮に執行することができる。

理由

一  請求原因1項(控訴人は保険事業を営む会社であり、一新住建は不動産売買を業とする会社であり、被控訴人池部は一新住建の取締役であり、被控訴人野尻は一新住建の代表取締役であつたこと)は、当事者間に争いがない。

二  昭和五四年二月二六日「住宅ローン保証保険に関する覚書」を控訴人、一新住建及び三菱信託間で取り交わしたこと、右覚書においては、一新住建が住宅購入者に三菱信託からの融資及びその融資に係る控訴人を保険者、三菱信託を被保険者とする保証保険契約の締結を斡旋し、控訴人は右保証保険引受けの条件として、住宅購入者との間で保険金支払を停止条件とする求償契約を締結するとともに担保物の提供を受けることとされていたこと、昭和五四年五月三〇日島田がナガイ住宅株式会社の仲介で土地建物を購入した際、一新住建が島田に、三菱信託からの融資及び控訴人との保証保険契約締結の斡旋をしたこと、右手続中に、売買価格を一九〇〇万円とする売買契約書が提出されたこと、島田は三菱信託から一四五〇万円の融資を受け、控訴人と島田との間で保険金額一四五〇万円の保証保険契約が締結されたこと、島田が右融資の分割返済を怠り、控訴人が三菱信託に対し保険金を支払つたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、≪証拠≫並びに本件弁論の全趣旨を総合すると、島田が従前その家族とともに同居していた堺市草部所在の土地建物は、昭和五二年一二月ころ同人の夫がその資金の大部分を住宅ローンで賄つて購入したものであつたところ、翌昭和五三年八月その夫が死亡した後島田は右ローンの分割返済を継続することができず、期限の利益を失い、そのため右土地建物を処分して残債務を一時に返済するほかなくなつたこと、そこで島田は一新住建及びその販売部門を別会社としたナガイ住宅に対し、前記土地建物の売却とその代金による右残債務の清算を委任するとともに、代わりの居宅を取得すべくその購入の仲介を依頼したこと、ところが前記ローンの分割返済は極めて短期間しかなされていなかつたため、前記土地建物の売却代金はその残債務の元利金の清算にも足りない状況で、剰余金の生ずる余地はなく、島田には他に自己資金の用意はなかつたこと、収入の面においても、島田は夫が死亡した直後から生活保護を受けており、その給付金と夫の遺族年金のほかには格別の収入もなかつたこと、一新住建の取締役で住宅ローンの斡旋業務を担当していた被控訴人池部は、島田から相談を受けて右のような事情を知りながら、あえて忠岡町高月所在の本件土地建物を島田に購入させることとし、三菱信託及び控訴人との間の前記覚書による住宅ローンにおいては物件購入価格の八割五分が融資の限度額とされていたところから、島田と相通じて、本件土地建物の購入価格は一三九〇万円であるのにこれを一九〇〇万円と記載した虚偽の売買契約書を作成し、昭和五四年六月二三日右契約書を三菱信託及び控訴人に提出して、あたかも本件土地建物の購入価格が一九〇〇万円でありそのうち四五〇万円は自己資金で賄う計画であるかのように装つてそのように誤信させ、その虚偽の価格の八割五分に当たる一四五〇万円につき控訴人との間で保証保険契約を締結し、三菱信託から同額の融資を受けたこと、前記覚書において融資の限度額を当該物件の購入価格の八割五分と定めているのは、その担保価値を右の程度にしか見積りえないことだけではなく、一割五分程度の自己資金の用意もない購入者は一般的にみて経済的信用性に乏しく、そのような者に高額で長期にわたる住宅ローンの融資を行うのは危険であるとの理由によるものであるところ、本件の場合、前記のような欺罔行為がなされたことによつて、自己資金のない島田に対し、本件土地建物の購入代金の全額を(更にはその購入や融資に伴う諸費用をも)賄うに足りる額の本件融資がなされるに至つたこと、島田は本件融資を受けた後昭和五五年六月分までその分割返済をしただけで、その後の返済をすることができず、そのため昭和五六年二月七日控訴人は三菱信託に対し保険金一五〇六万〇四八一円を支払つたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、島田は本件土地建物を購入した当時経済的信用性に乏しく、本件融資金の返済を継続することが相当に危ぶまれる状況にあり、控訴人としては、本件覚書の定めによりそのような保険事故発生の危険性の高い債務者に係る信用保険は引き受けないこととされていたのに、被控訴人池部が島田と共同して行つた前記欺罔行為によつて本件信用保険を引き受け、間もなく保険事故が発生したため前記保険金を支払うことを余儀なくされ、同額の損害を被つたものであつて、同被控訴人は前記の島田の経済的状況を知つており、保険事故の発生は同被控訴人において予見することができたものというべきであるから、同被控訴人は控訴人に対し右損害を賠償する義務がある。

被控訴人野尻は、控訴人の損害は保険事故の発生によるものであつて、本件欺罔行為と右損害との間には相当因果関係はなく、また、被控訴人池部には保険事故の発生についての認識はなかつたのであるから、損害賠償義務が生ずる余地はない旨主張する。しかしながら、控訴人の損害の直接の原因が保険事故の発生にあることはもちろんであるが、本件の場合島田の経済的信用性とは別の何らかの特別の原因によつて保険事故が発生したと認めるべき的確な証拠はなく、前示の事実関係からすれば保険事故の発生の原因は、もともと経済的信用性に乏しい島田に本件融資がなされ信用保険が付されたことにあると認めるのを相当とするから、結局本件欺罔行為と控訴人の損害との間には相当因果関係があるというべきである。また、保険事故発生の認識という点についても、前示のとおり島田の経済的状況を知つていた被控訴人池部としては保険事故の発生を予見することはできたというべきであるから、仮にその発生につき具体的な認識がなかつたとしても、そのことは損害賠償責任を否定する理由とはなりえない。

三  前記認定事実によれば、被控訴人池部の前記不法行為は一新住建の事業の執行についてなされたものであることは明らかであるから、これによつて控訴人の被つた前記損害につき一新住建も賠償義務を負うものであるところ、一新住建が昭和六一年五月六日破産宣告を受け、被控訴人一新住建破産管財人新谷充則が破産管財人に選任されたことは記録上明らかである。

四  控訴人は民法七一五条二項に基づき被控訴人野尻に対してもその損害賠償を請求しているところ、同被控訴人が一新住建の代表取締役であつたことは当事者間に争いがないものの、同条項にいう「使用者ニ代ハリテ事業ヲ監督スル者」とは、客観的に見て、使用者に代り現実に事業を監督する地位にある者を指称するものと解すべきであり、使用者が法人である場合において、その代表者が現実に被用者の選任、監督を担当しているときは、右代表者は同条項にいう代理監督者に該当し、当該被用者が事業の執行につきなした行為について、代理監督者として責任を負わなければならないが、代表者が、単に法人の代表機関として一般的業務執行権限を有することから、ただちに、同条項を適用してその個人責任を問うことはできないものと解するを相当とする(最高裁昭和四二年五月三〇日第三小法廷判決、民集二一巻四号九六一頁)ところ、≪証拠≫によれば、一新住建は、職務分担制をとり、権限を各担当者に移譲し、住宅ローンの斡旋に関する業務は、取締役の一人である被控訴人池部の担当するところであつて、同被控訴人が現実には管理していない分野に属していたことが認められ、右の認定事実によれば、同被控訴人が被控訴人池部を現実に選任監督する地位にあつたとは認められず、他に右の地位を認めるに足りる証拠はないから、控訴人の被控訴人野尻に対する主位的請求及び当審における予備的請求はいずれも失当である。

四  控訴人は、本件不法行為により、三菱信託に支払つた保険金一五〇六万〇四八一円と同額の損害を被つたものであるところ、控訴人が、島田より提供を受けた担保物件の火災保険金三五四万円及び同人所有の不動産についてなされた競売手続に基づく配当金九三一万五三三二円をそれぞれ受領したことは、控訴人の自認するところであり、それらの利益との間で損益相殺を行つた後の損害額元金が控訴人主張の四二九万八一〇六円となることは計数上明らかである。

そして、本件事案の難易度、訴訟係属の状況等を考慮すると、本件訴訟の提起、追行に係る弁護士費用については、六〇万円をもつて相当額と認める。

五  以上によれば、控訴人の本訴請求は、被控訴人一新住建破産管財人新谷充則及び被控訴人池部の各自に対し、四八九万八一〇六円及びこれに対する島田所有の不動産の競売手続に基づく配当金受領の翌日である昭和五九年四月二七日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるから認容すべきであるが、同被控訴人らに対するその余の請求及び被控訴人野尻に対する請求(当審における予備的請求を含む。)はいずれも失当として棄却すべきである。したがつて、原判決のうち、被控訴人一新住建破産管財人新谷充則及び同池部に関する部分は一部不当であるから、右の部分を主文第一項のとおりに変更し、被控訴人野尻に関する部分は相当であり、控訴人の同被控訴人に対する控訴及び当審における予備的請求はいずれも理由がないから棄却することとする。

(裁判長裁判官 村岡二郎 裁判官 宇佐見隆男 鈴木敏之)

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